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2007’11.19・Mon

価値を見出す

昨日の午前中に偶然、中国の移動法廷のドキュメントを見ていました。

中国は国土が広いので、皆が法廷での調停を受けられるわけではないし、
まして、奥地の農村部に生まれてからずっと貧しいままに生きてくれば
法律にすら疎くて、経済の格差がすなわち人生の差・・・
知識の差がすなわち貧富の差・・・になってしまう。

それは今のぬるく平和な日本からは信じられないほどに。

そんな山間部を、馬1頭に小さなテーブルと
荷物を積んで徒歩で移動する裁判官たち。

彼ら、彼女らのドキュメントでした。

訴訟は小さなものがほとんど。
喧嘩の域を出ないような簡単なものに見えて
そこに名誉や金銭が絡むと、私情に囚われない
第三者の判断がとても重要になる。


そんなシーンが映し出されていました。



その中の一人の裁判官が、移動中にちょうど自分の
生まれ育った農村を通りかかりました。
裁判官のお母さんは、貧しいながらも一張羅を着て
皆にご馳走を振舞っていました。


彼はスタッフに語ります。
お母さんは苦労しながら、女手でその男性裁判官を
大学まで出したことを・・・。

彼には妹がいましたが、
兄を上の学校にやるために学校を辞め
出稼ぎに出ているということを。


彼は、ごめんなさい・・・とただ泣きました。
お母さん、妹に、ごめんなさいと。
犠牲にしてごめんなさい。

でもお母さんは、そうじゃない。
泣きながら犠牲ではないと言い、また泣きました。



そう。確かに妹は学校を辞めて人生が変わってしまった。
でも、彼が裁判官になったおかげで
なしえていることがある。
お母さんも妹もそこに、彼が正義を行うことに夢を託したのだと感じました。





先日とある講演会で
チベットから日本に留学生として来ている方の話を聞きました。
彼は「日本人は夢がなくて可哀想」といいます。

余りにも与えられすぎて、
ほしいものがすぐ手に入ることが当たり前で、
汗水たらして必死で何かを手に入れることを知らないと。





その移動法廷のドキュメントを見ながら、
その講演会での話を思い出しました。








ね、夢はある?
必死になって掴みたいものってある?





自分に問い返してみました。
そして即答できない自分に気付きます。

確かに即物的なものはあったりする。
あのゲームがほしいとか、
あの服がほしいとか。
けれど、自分の人生を掛けて成し遂げたい夢・・・



それは何?




私はもはや結構な大人で分別もとっくにあるはずなのですが
その言葉がまるでトゲのように心に刺さっています。





夢は何?



自分の人生だったと思える価値はどこ?





まだ、間に合うと思いたい。



1時間ほどのテレビ番組でしたけれど
とても深く感じました。
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