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2008’12.12・Fri

少しずつの幸せ 10

10話目です。
つづきからどうぞ・・・




10



「ひろって?」
思わず声が出て、雪乃が大石に気づいた。

「おとうと、死んだ弟」
「もしかしてご両親と一緒に?」
こくりと頷くと雪乃はヒカルをきゅっと抱きしめた。
遊んでもらってると思っているのか、ヒカルはにゅーにゅーお話をやめない。
そこに静かに手塚が入ってきた。
何も言わずにそうっと雪乃の手からヒカルを受け取り、黙って出て行った。
誰もいなくなった部屋の床の、雪乃の座り込んでいる横に、
大石も同じように胡坐をかいて座り込んだ。
こてん、と雪乃の頭が肩に落ちてくる。


「可愛かった。憎らしいけど、煩いけど可愛かった。それを思い出した」
「弟さん、なんて名前だったの?」
「紘之」
「そっか」
「私ね、お母さんの二十歳の時の子どもだったんだ」
「若いお母さんだったんだね」
「うん。ずっと一人っ子で、弟が生まれたのが高校に入る年」
「最初ね、随分お母さんとお父さん、困らせたんだ。なんで今頃って。
欲しいってお願いした小学生の時じゃなくてなんで?って。性質の悪い子はからかうしね」
「ああ」
「でもね」
「うん」
「嬉しかった。生まれた弟、可愛かった」
「うん」
「柔かくて、おっぱいの匂いして、うにゃうにゃ言って」
「うん」
「ヒカルちゃんみたいだった。忘れてた」
「忘れてたの?」
「ううん。本当は思い出さないようにしてた」


肩に重みがかかる。
大石は黙って雪乃のしたいようにさせていた。
雪乃の顔が当たっている辺りが温かく湿ってくる。
 

「よく泣いたんだ。笑っているときはほんと天使みたいなのに、泣いたら怪獣」
「ああ」
「あの日も、一晩中泣いてた。
寝られなくて、苛々して。
お父さんとお母さん、お買い物に行くから紘之見ててって言った。
でも憎らしくて、面倒くさくて、イヤだって言ったの。
早く行って、暫く帰ってこなくていいよって」
「一人になりたい時もあるからね」
「違う。憎らしかった。あんなに泣いて手こずらせても、お母さん笑ってる。お父さんも嬉しそう」
「いくつになっても一緒なんだよ。自分だけを見て欲しかったんだね」


うう、と肩で声がくぐもる。
「ああ、せいせいしたって、一人でゴロゴロしてもつまらなかった。
早く帰ってこないかな。やっぱり今晩は私が面倒見ようかなって思ったんだよ。
ほんと。そしたら」
「ん」
「病院から電話があった。
もう、誰も帰ってこなかった。青信号になってから発進したのに、
前方不注意の車が脇から突っ込んできて車は交差点の真ん中で大破。
皆、皆死んでしまった」


大石は雪乃の体を引き寄せると固く抱きしめた。
その大石の胸にすがって雪乃は声を出さないように堪えていた。

「雪乃」
「うう」
「前に声を出して泣いたのいつ?」
「分からない。もう泣かないって決めたから。
泣いても誰も帰ってこないから。泣いたら前に進めないから」
「じゃあ、その時から?」
「その時も声なんてあげてない」
大石はゆっくり雪乃を自分の胸から引き剥がすと濡れた頬に口付けた。

「どうしてちゃんと泣かなかったの?
だから心がびしょぬれのままなんじゃないか」

その言葉に雪乃は目を見開いた。
驚きに開かれた目からぽろり、ぽろりと大粒の涙が流れ出すとともに、
押えていた嗚咽がほとばしった。わんわんと、声を上げて雪乃が泣きじゃくる。
心の中に押さえ込んでいた痛みと罪悪感とが全部嗚咽になって流れ出してきた。
泣きながら、くぐもった声で雪乃が告白する。


「帰ってこなくていいって言ったから本当に帰ってこなかった。
皆が死んでしまったのは私のせいなの」
「そうじゃない。そうじゃない。偶々そういう巡り合せだったんだ」
「でもでも。もしかしたら、ひろだけでも生きていたかもしれない。
私、ひろの人生を、幸せを奪ってしまった」
「そんなことないよ。ね、雪乃。知ってる?」

ん?と顔を上げて雪乃が大石を見る。
目も真っ赤で鼻も赤く、汗をかいて髪が額に張り付いている。
けれどその顔は本当に愛らしかった。

「神様はね、その子のことが本当に愛しいから早く傍に召すんだって」
「え?」
「紘之君は本当に神様に愛されてたんだよ」

その言葉に雪乃はぐいと目を拭った。
そばにあったティッシュを大石に差し出されて雪乃はチンと鼻をかんだ。
ふ、と微笑むと大石は雪乃をゆるく抱いた。

「そんな風に考えたことなかった」
「小児科にいるとね、どうしても救えない命をいくつも送るんだ」

大石の腕の中で雪乃がびくりと震える。
けれどそれを見ないで、大石は目の前の開け放たれた窓から、
庭の喧騒を聞いていた。

カーテンがはたはたと、はためいている。


「救えなかったと、自分の力の足りなさをどれほど嘆いたか分からない。
けれどある時、偶々クリスチャンの方のお子さんの臨終に立ち会った時だった。
この子は本当に神様に愛されているのです。
だからこんなに幼くして神様の国に迎えられるのです。
そう言う顔はとても晴れやかだった。愛されて神様の国で幸せになるって」
「ひろも幸せ?」
「ああ、きっと」
「きっと?」
「いや、絶対」

ゆっくりと雪乃が立ち上がる。
カーテンを開け放つとまぶしい光が差し込んできた。

「人の幸せを奪ったから、人の命を奪ったから、幸せになっちゃいけない、
好きになっちゃいけない。ずっとそう思ってた」
「そうじゃない、ね?」
「うん」
「一人で寂しく、好きな人も愛する人もない雪乃を見て、お父さん、お母さんはどう思うかな?」
「心配」
「うん。ひろ君から見たらどうかな?」
「姉ちゃん、売れ残りって言われるかも」
ようやく雪乃が微笑んだ。




つづく・・・
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