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昨日、独文学者であり児童教育者でもある小塩節先生の
講演会に行ってきました。

雑誌『婦人之友』の愛読者会ということで、
千葉に住んでいた時のお友達が誘ってくださって、久しぶりに出向いてきました。
私はその愛読者の会である『千葉友の会』に13年在籍していて、なんちゅうかw
煩悩まみれながらも、子どもが小さいうちは結構頑張って生活してたのよwww

久しぶりに会場周辺でお目にかかるかつての同じ最寄
(もより、と読みます。家の近い人が5~8名くらいで集まって家事研究…
まあ一緒に料理を教え合ったり、家計簿をつけて励んだり、
いろんな生活に関する勉強をしています)の方、
同じ方面(その最寄がいくつか集まって方面という単位になります)の皆様方、
そして他の方面の方でも同じ係(言うなれば役員みたいなもんですなw
私は託児とか共同購入という係をやりました)の皆様方…
久しぶりでも顔を覚えていてくださって
「あら!」「まあ、久しぶり!」と声をかけてくださって嬉しかったな~。

会場は千葉駅前の某銀行のホールで、初めて行ったのですがとても綺麗でした。
クラッシックのコンサートに向いているかな?という風情でしたよ。

講演会の詳細は長くなりますので続きからにしますね。

誘ってくださったお友達は実は3周り上ww
お元気で何より、っていうか全然年齢感じさせないんですけど?
確かに会わなかった間に少しお年を召されたかな?という感じはあっても
精神的には全く変わらないし、っていうか顔は変わらない??
いや~お元気でほんと嬉しかった。

結婚してすぐこの方と同じ最寄で可愛がっていただいて、
朝から晩までお宅にお邪魔して、お料理上手さんなので
色々教えてもらったり、具合の悪い時はご飯を差し入れてもらったり
本当によくしていただき、千葉のお母様とも言える方。
元気で長生きしていただきたいです。

で、しっかり宝塚にも誘ってもらいましたよw
その話はいずれ。



講演会のタイトルは
【心よ高く上がれ~よく生きる力を家庭から~】
ということで、小塩先生の著書から頂いてました。

婦人之友では常々「家庭から社会へ」「よい社会は家庭から」
ということで、家庭は社会の縮図ととらえ、よい家庭生活を送ることは
よい社会人たるものを育てることになる、ということで、
一生懸命生活しましょう!と呼びかけてます。

小塩先生のお姉さまが自由学園の出身(婦人之友創刊者である羽仁もと子氏が
理想を実現するために作られた学校)であり、お祖母様が羽仁氏と友達だった
ということで、講演会そのものも、友の会の会員向けとなっていました。
(ちなみに羽仁氏は映画監督羽仁進さんの祖母)



<低体重児の発育の差→声かけの有無
声をかけてもらえない子は4歳まで生きられなかった>

ご自身が虚弱児で、小学校入学の身体検査の時に「小六まではいきられないだろう」
とお医者様に宣言されたことを引き合いに出されてから、その話に入られました。
1000g未満で生まれた低体重児のことを指しておられたとお話から理解したのですが、
低体重児が頻繁にかかる病気として網膜症(失明に至ることもある)と胃潰瘍を
挙げられました。かつて低体重児のことを未熟児と言っていたころに
未熟児網膜症という病名があることは聞いていましたが、その原因が何かということは
割合最近まで解明されておらず、治療方法が分かってきたのもここ10年ほどだそうです。

どうして網膜症が起こるかということは簡単に言うと肺がうまく機能せず、
酸素が体内に上手く回らないため、毛細血管がいっぱいある目の網膜までは
酸素が到達しない、つまり酸素不足が原因だそうです。

そしてもうひとつの胃潰瘍。これはピロリ菌が原因と解明されてきていますが
口から食べ物を食べない低体重児がなぜ胃潰瘍になるのか?
理由はストレスだそうです。まだ何も分からないように見えて、
母の胎内から必要以上に早くでることになったため、寂しくてストレスを
全身で感じているそうです。

その治療方法は、面会に朝夕行くお母さんが、お腹の上に
管がいっぱいついた赤ちゃんをのせて抱っこしてあげること、だそうです。

これでかなり胃潰瘍が治癒されたそうですが、治らない赤ちゃんもいた。
どうしてかと看護士さんやお医者さんが観察したところでは、
治らない赤ちゃんのお母さんは声かけをしていなかったということです。
逆に言うと、治った赤ちゃんのお母さんはなんでもいいから、とにかく
お腹の上の子に一生懸命話しかけていたということです。

第二次世界大戦中、ヨーロッパで多くの孤児が残念ながら路頭に迷い、
その子たちを小児病院で終了したときに、やはり2グループ出来てしまったそうです。
発育のいい(というか普通に育つ子)子と、そうでない子。
そうでない子の方は、看護士さんがただ事務的に世話をした子。
後者は4歳まで生き延びることができなかったと記録されています。

かつてイタリアの皇帝(と言ったかな?バルバロッサって仰ったからフリードリッヒ1世?)が
諸国を束ねた時、やはり孤児を集めて世話をする施設に収容したということですが、
彼は自己の主義から「子どもは天使だから、ほうっておけばやがて天使の言葉で語りだすだろう」
と信じ、汚いイタリア語(私の弁ではないですよ。当時もそうですが色んな方言がありますよね)
で話しかけるな、と一切子どもに話しかけることをさせなかった=禁止したそうです。
その結果は…やはり子どもたちは4歳より長く生き延びることはなかったと。

その故事があるのになぜ、第二次世界大戦という近代で生かせなかったのか!
と憤ったWHOは「子どもには声かけをしよう!」と呼びかけたそうです。



<国語、ではなく母語>

国語は国家が定めた公用語。けれど子どもたちが、生き、育つために使うのは
母の胎内で聞いていて覚えた言葉。これが母語。
人間の感覚器官で一番に発達するのは耳なので、4カ月くらいから
胎児はお母さんの声や動脈を流れる血の音を聞いて育つ。
ちなみにお父さんの声も四畳半の向こう隅くらいからなら聞こえるらしいです。

なので↑にあるお腹に乗せて語りかける、ということは
お母さんがだめな場合、お父さんがする方もいらっしゃるそうな。
(でもお父さんはお母さんより毛深いのでwちゃんと剃らないとだめだそうでw
しかし翌日にはちくちくして赤ちゃんはイタイwwと笑い話をなさいました)



<幼いうちに敬語を使う機会がある子はその後も話すことができる。
「おはようございます」の「ございます」が大事な言葉。>

幼稚園の園長でもある小塩先生は、毎朝200人ほどの子どもと
目を見て握手をして「おはようございます」と挨拶するそうです。

その「ございます」がとても大事だそうです。
幼いうちに敬語の経験がある子は、ちゃんと大きくなると使えるようになるので、
ぞんざいにせず、ちゃんと「おはようございます」というのが大事だそうです。

ちなみに、見ていたお母さんが「いいな~私も握手したい」と言いだし、
今では沢山の方と握手で挨拶なさっているとか。
私もしてもらいたいですv



<読み聞かせはテクニックではなく心>

目を見て話すことがとても大事という話から、
読み聞かせもとても大事だというお話になりました。
相手の目を見て届くようにと願って読むと、テクニックは必要なく
子どもは集中して聞いてくれるそうです。
そしてさっさとページをめくるのではなく、ていねいにページの上を持ってめくるんだそうです。
ページをめくる時の間(ほんの1秒あるか無いかの間)で、子供は次の展開を
心の中でセンテンスとして構築するんだそうです。
「○○は次、どうなるかな?」「●●は大丈夫かな!?がんばれ!」と文章にして
一瞬考えていくそうです。それが文章を作る元となると仰っていました。

「めし、風呂、寝る」と単語で会話するのではなく、(どっかのお父さんみたいね。
でもテレビ見ながらご飯食べてるとつい「それ」「しょうゆ」「水」だけみたいな
会話になってることもあるね?)文章をつくる心を育てていきたいと私も聞いて願いました。


<コミュニケーションという言葉の語源は「食事を共にする」>

スペイン語のcomoってこれ?もしかするとラテン語なのかなと思いながらよくわからないんですが、
なにせコミュニケーションという言葉のコミュというのは「食事を共にする」という意味があるそうです。
テレビとともにではなく、家族共に会話をしながら…。
日本人は食べてる間は話すな!と育った家庭もかつて多かったでしょうが、
今はどちらかというとテレビとご飯食べてる人が多いかもしれませんね。
うちも朝の忙しい時は時計代わりについていたりします。気をつけなければ。



<常に考え、それを生活に表し、そして良くなりたいと願いながら生きる。>

羽仁氏のモットーであるのがこれ。
「思想しつつ、生活しつつ、祈りつつ」。
ただ考えるのではなく、どう生きたいか、どうなりたいか、どうありたいか
自分のことを、方向を、いつも考えて思索する。
そしてそれを目指す生き方をする。
そして常に自分が憧れる姿に近づけるよう祈る。
(羽仁氏の場合はキリスト者なので神様との対話というのも含むのかな)

私はそこまでには至りませんが、
思想しつつ、生活しつつ…まではなんとか理解できます。
最後の祈りつつ。
これがなかなか難しい。
けれどこの「祈り」がないと、人間はただ傲慢になっていくだけ。
自分達だけで生きているのではなく、世界の中で多くの命との輪の中で
生かされていることを知り、そして『祈り』を持てるようになるといいなと思います。



<人との付き合いは本をめくるのと同じ>

読み聞かせのときに先生がおっしゃったのは、この言葉。
ゆっくりていねいにめくる。
そして間を大切に。
どきどきしたり、期待したり、そんな思いを抱きながら丁寧にめくりたい。
いい言葉だな、と思いました。




***


どちらかというとこもった声の方で、最初聞きとりづらかったのですが、
話の面白さにすぐに引き込まれてしまいました。


いいお話でした。

いいお話を聞くと、その時は頑張ろう!と思います。
そしてその思いを持続していければと…心から願います。

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